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成熟社会とは「脱皮直前社会」のこと。

「ゆりかごから墓場まで」。高福祉をうたったイギリスのかつての政策だった。
その結果どうなったか。

「イギリス病」という病に国家、国民が罹患した。
「イギリス病」とは何か。怠け病である。怠け病になるとどうなるか。心が退化する。心が退化するとどうなるか、人間が人間以外の心の怠けにふさわしい動物に変わっていくということである。

人間は、人間であろうと努力し続けない限り人間であり続けることはできない。
使わない器官が退化するように、努力という心の継続をしない限り、光のささない洞窟の魚の目が退化するように、心も機能を失う。

ただそこにある、というだけでは、放置された自動車がやがて朽ち果てるように、人の住まない家が荒れ果てるように、能力、機能は腐っていくだけだ。
何らかのメンテナンスをし続けなければ心は退化する。磨き続けなければ、油をさし手入れを怠らないようにしなければ、心を維持することは難しいと思われる。

あまり認識されていないようではあるけど、エンジンを回し続けるように、心も使い続けなければ性能を保つことはできないのだ。
自助努力とは、人間が人間であることを続ける基本的な心の新陳代謝であると考える。

かつてのイギリスが「イギリス病」にかかっていた時、国全体から腐臭が立ち昇っていたと思う。
(最近では「ギリシア病」か)

少子高齢化の日本においては、すでに社会は成熟し、方向としては高福祉社会を目指すべきとの論調が大半を占めている。

しかし成熟の次に来るのは縮小、衰退、没落、やがては消滅である。

フランス、北欧などの高福祉社会は理想郷なのだろうか。日本が向かうべき方向なのだろうか。
何もかも国家が面倒をみる社会は、巨大な生命維持装置に生かされて、安楽死を迎えんとする病人に見える。
生活テンポが、ゆるやかになり、徐々に停止する。「停止」の次は「退化」の始まりである。

かつて敗戦の焼け野原からGDP世界第二位の経済力を誇っていた国が、成熟し、少子高齢化によって世界史の表舞台から引っ込もうとしている現象、とでもいうのだろうか。
高福祉、一見いいように見える、耳にも快い、ように聞こえる。人の苦しみ、悩みを取り除き、一律にならそうとする考え方のどこが悪いのか、という声も聞こえる。
しかしそれは、知らないうちに招き寄せる「安楽死」あるいは「快楽死」の方向だからだ。


「成熟」ということをどうみればいいのだろうか。
成熟した、というのは、幼虫に一齢幼虫、二齢幼虫、三齢幼虫とあるように、その「齢」の変わり目にきて、次の「齢」への移行期である、ということに他ならないと思う。

そうすると成熟社会とは、裏返せば次に来る社会への「脱皮直前社会」といえないだろうか。
様々な社会資本、技術、システムが脱皮を待っている、ということではないだろうか。

世界最高レベルの技術、金融資産、勤勉な国民性、これらを放置して腐らせていいのだろうか。脱皮し次の発展繁栄を目指せる状況に今あると考える。
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