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「活物だよ」

活物だよ。世の中の森羅万象は活物なんだよ。
生きて動いて、一瞬たりとも休むことなく営みを続けている。
政治も、経済もみんなおんなじだ。

これらを学問的に詰めていったとしても、それは一つの基本的な考え方、思想の形として皆が共通に受け入れる、ことでは意味があることだが、しかし世の中で今目の前で動いている、営んでいる、その活動をまずはじっと見つめ観察するところから始めなければならない。

その中に「道理」というものが見えてくるはずだ。
この道理、道筋なるものを体系化すれば[経済学]となる。
様々な経済の達人が教えを残している。でもそれは、結局その人たちも出来事、活物を見て始まったのである。

その中に[法則]を見抜いて、これを学としてまとめ後世への遺産としたのである。
現代には現代の活物がある。もちろんそれは過去からの延長にあるものではあるが、やはり現代に生きている、という感覚、それは現代人固有のものであろう。
そこから出発するとよい。

しかし、その感覚がすべていうわけではないだろう。経験、人間関係などで変わっていくものではある。
何が正しいか、やはりここに行きつく。
結局経済学にしてもその処方というか、学問を実地に応用して人々が本当に幸福になるのか、経世済民となるのか、ということで判定されなければならないだろう。

マルクス経済学、これを信じて実行した国はどうなったか、国民はどうなったか。
不幸のどん底に突き落とされた。
マルクス経済学は、よって間違いだということが明らかになった。如何に精緻に出来上がっていようとも人を不幸に陥れる思想は間違いなのだ。

人が幸福になるかどうか、ここが学問の正しさの基準である。

社会は活物である。
基本はその活物の中から「道理」を見つけること、言い換えれば「真理」を見つけることだ。

政治も同じで、その政策を実行したら人は幸福になるかどうか、社会は繁栄するか、簡単に言うと、働く場所が増え、給料が上がって、ほしいものが買え満足するか。
国の税収は増えるのか、税金が下がって使えるお金が増えてみんながにんまりするのか。
アイデアが次々と形をとり、創意工夫によって新しい商売、新しい企業が続々とチャレンジ精神を発揮して立ち上がってくるか。

個人がそれぞれの資質において自助努力で創意工夫をし立ち上がる社会、たとえかなわずして挫折したりしたとしても、それでも自助努力の姿勢を失わない、ここに「幸福」がある。
断じて、働く場所を増やさずして保障を厚くしたり、給料を上げずして手当をばらまくことではない。
生活保護受けていても心は自助努力、というところがなければ、厚い保障は人間の尊厳を毀損するものであると思う。
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